第4話 「葛藤」   (作・如月)
 

 「俺の家にこないか」

 一瞬聞き間違えたのかと思った。

 「何?一晩中あたしの泣き言聞いてくれるわけ?」なんて笑ってごまかそうとしたけど、わたしを見るタカちゃんの目があまりに真剣で、不自然な笑顔になってしまう。
 「・・・ほっとけないんだよ。今のおまえ。これから家帰ってまた一人で泣いているんじゃないかと思うと俺心配でさ。おまえが落ち着いて眠るまで、そばにいたいんだ。」
 真剣な表情でタカちゃんに言われて、ちょっとドキドキしてしまう。
 タカちゃんがわたしのことを大事に思ってくれてる気持ちがすごく伝わってきて、このままタカちゃんに甘えてしまいそうになる。
 タカちゃんの家行こうかな・・・わたしがそう思った時だった。
 突然携帯電話が鳴り出した。
 反射的にかばんのポケットに入っている携帯を取り出す。
 この着信音は・・・ケンジだ。
 「どうしたの?電話出てもいいよ。」携帯を握り締めたまま、フリーズしているわたしをタカちゃんが心配そうに見ている。
 本当にケンジなの?何で今さら電話くれるの?頭の中が混乱している。体は固まったまま指先ひとつ動かない。

 そうしているうちに携帯の着信音は途絶えた。

 ふとわれにかえると心配そうにわたしをみているタカちゃんの顔がぼやけて見えた。
 頬にあたる風の冷たさで、自分が泣いていることに気づく。
 泣いているわたしにタカちゃんは自分のかぶっていた帽子をかぶせてくれ、地下鉄駅に向かう人々の好奇の目からかばってくれた。そしてわたしが泣いている間、タカちゃんは何も聞かずにただそばにいてくれた。

 ようやく落ち着いてきて周りを見渡すと、もう終電はとっくに出発していて地下鉄駅は静けさを取り戻していた。
 「・・・終電行っちゃったね。ちょっと泣きすぎちゃった。」わたしが笑って言うと、
 「まったく。おまえは昔からいったん泣き出すと泣き止むのに時間かかるからなー。
どうする?俺の家ここから近いからくる?それともタクシーで帰る?」とタカちゃんは苦笑している。 どうしようかな・・・。ぼんやりした頭で考えようとするけど、何も考えられない。ただ、今のわたしにとって、目の前にあるタカちゃんの笑顔だけが救いだった。
 「もう少しタカちゃんに話聞いてもらおうかな・・・このまま帰ってもきっといろいろ考えて眠れないし。」わたしの素直な気持ちをタカちゃんに言うと、
 「了解。俺は紗弥香の兄貴みたいなもんだからな。いくらでも話聞いてやるよ。」とタカちゃんは家に案内してくれた。

 タカちゃん家で朝までいろんなことを話した。
 最初はケンジのことで暗くなっていたけど、そのうちわたしの小さいころの話や、タカちゃんの話で盛り上がって、気づくと夜が明けていた。
 きっと一人で家にいたら、ケンジのことばかり考えて泣き続けていただろう。タカちゃんのおかげで笑うことができた。

 「ごめんねタカちゃん。朝まで話に付き合ってもらって。」
 「全然気にしなくていいよ。俺たちは兄妹みたいなもんだからな。また、何かあったら相談にのるからさ。家に引きこもって泣いてばかりいないで、たまには遊びに行ったりしろよ・・・っていうか俺が遊びに誘うからさ・・・いいかな?」遠慮がちにタカちゃんがたずねる。
 「うん。わかった。よろしくね。」
 わたしは笑って答えた。わたしが今笑顔でいられるのはタカちゃんのおかげ。タカちゃんと一緒にいたらケンジのこと忘れられるかもしれない。この苦しみから逃れられるかもしれない・・・。

 それから数週間が過ぎた。

 あたしとタカちゃんは時々メールをしたり、デートっていうほど大げさなものじゃないけど、二人で買い物に出かけたり、ご飯を食べに行ったりした。
 ほんとにお兄ちゃんと妹みたいな付き合いで、手だってつないだことない。
 タカちゃんはさすがわたしのこと小さい頃から知ってるだけあって、わたしのこと解ってくれてる。
 タカちゃんといると話も弾むし、ただ黙って歩いているだけでも心が安らぐ。
 一緒にいると楽しくって、ケンジのことも忘れられた。
 最近、わたしはタカちゃんとずっと一緒にいられたらいいなって思うようになってきた。
 タカちゃんの友達に『親戚の子』じゃなくて、『俺の彼女』って紹介されるようになりたいと思う。

 でも・・・
 一人で街を歩いているとふいにケンジのことを思い出す。
 あの日・・・あの電話でケンジは何を言おうとしてたんだろう。
 まさかもう一度やりなおしたいとか?
 そんなわけがないよ。わたしは頭を振って考え直す。
 きっとケンジのことだから、あの番組録画したビデオおまえに貸してなかったっけ?とか、そういうくだらないことに違いない。
 そう考え直す。もうやり直せるわけがない。
 わたしからふっておいて、なんて都合のいい想像。
 自分の想像に苦笑してしまう。

 今はタカちゃんがそばに居てくれるんだから。
 タカちゃん。わたしのこと子供の頃から良く知っていて、わたしの好きなものとかして欲しいこととかとてもわかってくれてる。趣味だって気だって合うし。優しいし。頼りになるし。わたしのわがままにも、「まったくさやは・・・仕方ないなー。」って苦笑しながらも付き合ってくれる。わたしにはもったいないくらいとってもいい人。

 ああ、でも何でケンジのことばかり頭に浮かぶんだろう。
 街で、同じ背格好の人をついつい目で追ってしまう。すれ違う人の香水のにおいや低い声にもケンジじゃないかって反応してしまう。
 二人で行ったお店の前を通ったり、ケンジの家でよく聞いた曲を聴くと、もうケンジのことで頭がいっぱいになる。
 もうケンジには逢わないって決めたのに。

 そう考えながらわたしは、街角にある大好きな雑貨屋さんに入った。
 いろんな色のキャンドルや、ガラスのアクセサリー。
 こういうのを眺めていると幸せな気分になれる。
 一つ買おうかな・・・そう思って手を伸ばした時、ふいに横にディスプレイされていたストラップが目に入った。

 半年前。わたしとケンジが付き合いだしたばかりの頃。わたしたちはこのお店でこのストラップを買ったんだ。
 友達の美香が 「このストラップって恋に効き目あるらしいよ。あたしたちもおそろいでつけてるんだー。だからラブラブでしょ?」なーんて言ってたから。そんなの信じてなかったけど、ケンジにおそろいで買おうよって言ったら「ほんとに効くのかなー。まあ、俺たちで試してみる?」って、いたずらっ子みたいに笑って買ってくれたっけ・・・。

 そんなことを思い出すと、ケンジに逢いたいと思う気持ちが抑えきれなくなる。

 もう二度と逢わない。
 でもその前にもう一度だけ逢いたい。

 今頃ケンジはラブホに一緒に行った女の子と付き合っているのかもしれない。逢っても何も変わらないかもしれない。いや、むしろうざがられるかもしれない。
 でも、このまま逢わないでいるなんて耐えられない。
 そう思うと、わたしは何も買わずに雑貨屋から飛び出し地下鉄駅に向かった。きっとこの時間、ケンジは家にいるはず。近くまで来たって言ったら逢ってくれるかもしれない。そう考えながら地下鉄駅の階段を駆け下りる。

 その時、携帯の着メロが鳴った。
 タカちゃんからのメールだ。

 『今から会えないかな?さやが好きそうなケーキ屋みつけたからケーキ買っていこうかと思うんだけど。』
 そのメールを見て、わたしは少し落ち着きを取り戻す。
 そうだよ。わたしにはタカちゃんがいる。こんなにわたしのことを考えてくれているタカちゃんが。タカちゃんと付き合った方が絶対幸せになれる。
 でも、ケンジにもう一度逢いたい・・・。

 わたしは地下鉄駅の改札口で携帯を握り締めたまま、動き出せないでいた。

 

つづく

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